縄文エッセー

縄文エッセー

第1回一体感

藤川 直迪

 青森と函館とを往復していた青函連絡船、その廃止とともに「青函」の言葉もあまり使われなくなっているが、間もなく開通する北海道新幹線とともにその言い方も復活するであろう。

 青森と北海道との間の津軽海峡、それは津軽ではかつて「しょっぱい川」といわれ、その言い方は私も耳にしている。それは両者を隔てる「海」の観念はあまりなかったということで、現に、明治の廃藩置県の際、北海道の松前地方が「弘前県」に含まれた一時期もあった。この両者の関係は、縄文時代にさかのぼる。そしていま、北海道道南と北東北三県の18遺跡を一体としての世界遺産登録を目指している。具体的には北海道側6遺跡、秋田県2遺跡、岩手県1遺跡、そして青森県が三内丸山遺跡をはじめ9遺跡。

 思いおこせば、三内丸山遺跡が一躍世に知られるようになったのは平成6年のこと。この遺跡にかかわる情報を、民間の力でそれなりに発信しようとその1年後に発足したのがわが会であるが、会員は県の内外に及んで、三内丸山遺跡の見学に訪れた県外会員のなかには、この機会に他の縄文遺跡へも、ということで、すでにその名が知られている秋田県の「大湯環状列石」、そしてお隣りの岩手県「御所野遺跡」にも足をのばすケースが多くなった。さらに、その意欲は津軽海峡を超えて、今は函館市になっている「大船遺跡」にも延びて行った。

 このムードをさらに高めるため、これらの遺跡に関わる民間団体の連絡協議会が生まれ、これが現在の「北の縄文文化回廊づくり推進協議会」の“母胎”になった。
この間、平成15年には「北の縄文文化回廊構築について」なる提言書を、上述の協議会から委任された小生が青森県知事へ提出、これがさっそく採決され、この年の9月に開催された「第七回北海道北東北知事サミット」では、「北海道・北東北地域が連携して発展していくには、こうした一体性や共通性を認識し合うとともに、地域の持つ大きな可能性を内外に発信していくことが重要である」との認識が確認され、そして「この地域がかつて極めて高いポテンシャルを持っていたということを道民、県民が共有することは、地域の将来にとって大きな意味を持つものであり、縄文文化遺産などの価値を見直し、地域間交流や情報発信などを行い、世界遺産登録も視野に入れて、この地域を『北の縄文文化回廊』として内外にアピールしていく」と合意された。

 このときの合意事項が、世界遺産登録への運動のそもそもの出発点であった。そしてこの合意事項、その認識は「縄文時代にも海を越えた交流が行われていたとされている」という理論を“証明”するものでなかろうか。

プロフィール

藤川 直迪(ふじかわ なおみち)

NPO法人三内丸山縄文発信の会 理事長

1929年青森県木造町(現つがる市)生まれ。東京大学文学部卒業後、高校教諭、県教委を経て青森県庁へ。85年から93年まで出納長。同人誌「北狄(ほくてき)」同人。著書に「縄文の風に吹かれて」(企画集団ぷりずむ)など。

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  • 第1回 『一体感』 藤川直迪